2016年3月19日土曜日

旧アニ厨です

3/19日のジャンプは特報が載ってるだけだったのね〜〜〜!!
クラピカの衣装がヨークシンのとごっちゃになって間違えたけどゆるしてちょ…。
待ち遠しい〜。待ち遠しすぎてや〜〜〜ばい〜〜。

2016年3月15日火曜日

HUNTER×HUNTER連載再開の知らせを聞いて眠れずの朝

ええ。ハンターハンターが再開するのです。
いかがお過ごしでしょうか、hima://です。



仕事のことはね、やり遂げたこと発表になりましたんで紹介したいんですけど、とりあえずハンターハンター再開はブログやろという感じで書いてます。またジャンプ買う日々だァ〜幸せだ…。

半信半疑。

1年半ぶりの連載ということで…1年半。1年半!?


1年半といえば、ちょうどものすごーーーく嫌な事件があったあの頃ではないか?
2014年9月の合併号が最後。

そうか、そうか、私あの辺りから転げ落ちていったんだ。
未だに2014年の11月12月の事は、何があったかも言えないような時期ですが、とにかく、この、今日ホワイトデー深夜に、あの頃の私の飢えた愛情を1年半越しに!お返ししてもらえたこの悦びを!!筆舌できません!!とにかく最ッッッッ高でしょ!!
あと別件で1年半待った答えも聞けたし、これは項垂れてる場合ちゃうぞと。

前回のおさらいという感じですが、2月の頭にインフル未満風邪以上のものをやった影響で諸々の仕事がダブり、筋力が落ちた状態でデスクワークやってたらクソ椅子で身体を痛めてしまい、2月末の似顔絵イベント3日間でトドメを刺しました。
自死ですなこれは…。
冨樫先生のことをね、私は何も言えませんよ。腰はヤバイ。腰やってるということは首もヤバい筈です。

そんな状況でね、何か考え事しようだなんて到底無理なのです。
読者も理解が追いつかないあんな内容のものをね…。休載無しの方々は体調管理もばっちしなんでしょうね。
そう。冨樫先生が働いてる。
腰の状態がどうであれ、連載までのポテンシャルになってるということですよ。
週間連載とかいう終わりのないマラソンを、まあ何週間やるか知りませんし平均20ですがそれでもアニメ2クール分だと思えばハンターハンターが生き甲斐の読者からしたら崇め奉りじゃないですか?短距離走にですよ?出て頂ける。意味わからんでしょ。

週刊漫画家はこの世で一番意味わからん要求をされてると思ってます。

1週間、十数ページを7日でネーム切り、下書きし、仕上げる。ジャンプ作家は人気も出るし長寿でダレても文句言われるし短かったら何だかんだで忘れられるし人気者の苦悩も絶えないその後の事もわからない中堅実なスキルも求められる訳で…
冨樫義博はそんな場所にそれでもいる、そして連載は再開するということです。
前向きな気持ちがないと悪くなった身体は治りません。運動したりね、腰とかは特にね。冨樫先生は1年半、ハンター再開に向けて生きていたということですよ!!
休むことも仕事ですよ!!
それをあろうことか!?「冨樫仕事しろ」とかお前はWJ編集長か何かあああ???集英社の方ですか???

1年半、身体を整えてくれた事に感謝する以外ありますか?たった1年半ですよ。
私はもう、ずっとこのドキドキを味わえるなら適度に休んでくれとしか思わないです…。
だってずっと面白いんですよ。
面白くなくなっちゃったら冨樫が勝手にやめます。幽☆遊☆白書のようにね。
今のハンターは、箱根駅伝で言えば………
これ書いたけど何にも当てはまらなかったのでやめます。箱根駅伝出てるチームはみんなワンピースだわ…。ワンピースないしナルトですわブリーチですわ。
日体大が下りで区間賞取ったりするのに上りでまったく目立たないどころかタスキ存続になるあの感じ、ジャンプ特有の一瞬売れたら引き伸ばしとテコ入れで後半延命され死亡みたいな…そういうアレですわ。
ハンターってもはや箱根駅伝に並走してたまに走ったり飽きたら車使ったりしながら道中楽しんでる人みたいな?いや何だそれは。

結局とどのつまり何が言いたいかというと、冨樫が体調を整えて作品作りをしてる中、私のような若者がこんな感じになってるのは許されざることだということですよ。それに尽きますよ。

ハンターハンターはね、
ジャンプ250円の価値じゃない。

連載して頂けている、リアルタイムで読めることを考慮したら、ジャンプに250円払ったあと自分も何かしなきゃ割に合わないんですよ。割に合わないっていうのはハンターハンター連載という事象に対してです。
2014年の記事を読んだけど楽しそうで楽しそうで。ウルフルズ再始動、ハンター再開。年末のSHIROBAKOが2015年頭に食い込んだのだけが救いだったか。人が働いてる作品は作業にすごくいい影響をくれるよね。どうにか仕事できました。
2015年は寂しかったな…イカに出会えて良かったけどイカはスポーツだからね。身体を使わないスポーツ…。
そして今、ハンターハンターの内包している"冨樫義博が働いている"ことそのものの作品性。
これはもう、2016年、やるしかない。


これが恋じゃないなら何なのよ

2016年2月26日金曜日

え!?2016年!?しかも…は?

2月だそうです。ハァ〜?しかも終わりそう。

どうも、hima://です。ご無沙汰しております。ご無沙汰がすぎるとどこから書いて良いのかわからなくなるのでちょくちょく書きたいんですが、もはやね、毎回言ってるし今回もどこから書けばいいんだよという感じです。喪中なので新年の挨拶は、今年もどうか宜しくお願い致します。と!歯切れ悪!
仕事の合間に、というか切羽詰まっていない状況になったら書こう書こうと思ってるとすぐに次という感じなので、もはや多少はよせいやと言われるような状況でもどこかでテンポを作るために頻繁に、できれば毎日更新したい…いややめよう。言うのはやめよう。
しかしここ最近忙しさにかまけてサイトの更新など全然してないので、色々やってるんですが急ぎみたいな感じでtwitterとinstagramにしか出没しない状況、打破したいです。
みたいなね、事を1月からずっと考えてまして、1月半ばに書いた絵日記がこちら。

もうだいぶ情報が古いね!?
既に手帳も買ってます。だいたいのことはなんとなく今の暮らしに反映されてるような。
最近は苦手だった 香り というジャンルに手を伸ばしてみてます。なんかもう…あんまり何のケアもしてなくてもどうとでもなる感じじゃないので…。
ただご存知の通り多分軽くはなってないです。2015年総括読むとわかるけど、すごい長く風邪をひいてたんですな。2月に入ってからは暫くインフル紛いの何かになったり、ビタミン剤が怪しいやつで気絶したり(本当に危険だったみたい)、電気止まったりネット止まったり仕事入れすぎてtwitter暴走気味だったり…。
もう、年々確信することは、どんな仕事でも体力が一番大事ということばかり。低体温なので、風呂に入るのも厚着をするのも軽い運動もすればするほどアタマが働くようになるんですよね。寝込んでたら筋肉ごっそりもっていかれたので、これからは本当にマッチョになる方向で何もかもやらねば。痩せるとかもういいんや、エンジンの性能が良ければ他も何かついてくるでしょって、え〜なんだこの例える事に凄く失敗してる感じは。

そして2015年のまとめがこちら。
 1月6日に感じた事を書いてます。いやはやね、全ての事、振り返るタイミングで印象が違うよ。その時その時で全て違うので、書いたらすぐにフレッシュな状態でお見せしたいですね。
まあでもこんな感じでした。色んな事を諦めてたのが今では嘘みたいに忙しく毎日を過ごしています。
仕事の近況も掲載したいんだけど、尺を!尺を考えて行動して自分。
インスタグラムをフォローするといいです。
画像しか流れないので私の常日頃のウぇ〜〜wwwみたいなものがノイズになる方は是非。というかそういう人が多いのか、海外勢が多いのか、なんだかんだ10.4kフォロワー頂きましたセンキュー!もはや日本語でコメントがつく方が珍しいです。
https://www.instagram.com/hima_kawagoe/


あちょっと恥ずかしい自撮りが。 どういう気持ちで撮ってんだこれ。
そういえば体質的に薬が合わなくなってきて、夜ちょっとおかしくなってる事があるんですが(多分そういう時に撮った)、ちょっと私は普通だと思っているような事が一般的ではないという認知がもうできなくなっているので、本当は眠れない人レポみたいなものを書きたいんですがちょっと…大丈夫かな?10年選手なんです、いや13年か。
謎の行動を起こしてるんですが全部覚えてます。たち悪いわ逆に。酔ってても記憶なくさないしな〜。
健康志向になる前に現状をまとめたいね。今時闘病レポくらいで同情だとは思われないと思いたい。
ところで、なんか薬の副作用とか効いてビャ〜って感じの時、不思議な写真が撮れるんです。何なんですかこれは。

常に自己の認識バトルです。自分を描いて認識。自分を書いて認識。アウトプットやインプットの前に現状を画像や文字にする。
そういう反芻の結果で、何が足りないか、適切なインプットと、総合して何をしたいか、自分の意志や主張を自己完結で自信を持って言い切れるか、スムーズなアウトプットに繋がるのね。よくtwilogも読んだりしてます。
いつぞや私も呟いてましたが、



仕事!!!
ブログ書くのも手帳書くのも喫茶店でクロッキー帳書き連ねるのも全部仕事!
ってことでよろしいですね?

イベントの告知おっそいと言われ反省。
4月は盟友きりさきと新宿眼科画像で二人展があるのでよろしくね。すげ〜〜量!!

2015年8月25日火曜日

21世紀のミスキャスト


言い訳をしようじゃないか。
沢山誕生日の祝辞を頂いた。ら、寝込んだ。なんてざまだ。
祝われ慣れていないだけじゃない。プレッシャーに負けたのだ。いや、違う。休むのが下手すぎたのだ。毎年おなじみの、8月自分過信マンだ。そして当たり前のように歳をとり、自分の限界の引き下げ目算にまた間に合わなかったのだ。
だがしかし、今年の私は去年とひと味違う。本格的に人に頼り出した。恥もひったくれもない。私のやりたいことは私一人ではぜーんぜんできない。もうわかりきってた事なんだから。
ただ少しびっくりした。ゆっくりペースを上げて行こうと思っていたんだけど、私が私をさぼっている間にも、その前に頑張っていた事は消え去ったりはしなかったんだね。ただしかしでかい。でかいよ!rooms!
去年の事がさっぱりきっかり片付いたのは5月半ば…ではなく8月頭か。最近じゃねえか。roomsの話が決まったのも急だったけど、私はそこで全て決めようと思った。いろんな気持ちが脳内を駆け巡る中で、「時間がない」「がんばらなきゃ」「急がなきゃ」というワードに集約されていく。タスク管理も一つでも崩れてしまえばこの3つのワードに脳味噌が支配されて、楽しい活動のこと、モノ作りの楽しさ、面白さを一切感じなくなるのだった。んで、目が覚めたら8月19日。ここで私は19と20の違いを感じる。19日の23:00から頑張るのと、20日の1:00から頑張るのでは全然違う。5分前行動みたいなもんなんだけど、それができる自制心を試してみた。これができなかったら多分他もダメだろうと思ったのね。んで、できたのね。できてしまえばもうこっちのペースね。どういうことなの。
人の個人情報を預かっていたり、待たせている事はすごく心苦しい。しかし身体はひとつなので、一個一個順番にこなしていかなければいけないんだ。
とりあえずDVDプレイヤーを買ってきて、部屋を片付けた。脳のパンクって部屋ぐっちゃぐちゃだからね。大丈夫。今はとにかく大丈夫ですという報告です。

roomsの事はまたちゃんと告知するんだけど、新しいシリーズとかね、また改めて言うけど。


寝るね。nerune。テーマは睡眠。アンチゆめかわいいを唱えながら私の中の睡眠欲求を形にしていこうというシリーズです。
ゆめかわいいというジャンルは大概白昼夢のような、夢の世界のような淡い世界をテーマにしているようなビジュアル等を誰かが定義したものをいうと思ってますが間違ってますか?私は"ゆめかわいい"が恐ろしくてたまらないのです。
ゆめかわいい…という状況は、睡眠におけるノンレム睡眠状態、夢を見ている状況を、"かわいい"と表現する事ですよね? 病気かわいいと思っている人は重病じゃない事が多いです。ゆめがかわいい人は、熟睡できているという事なんでしょう。
それが普通なんでしょうけども、眠れなくて苦しんでいる人間はもはや夢という生理現象に殺意を持っている事でしょう。眠りに執着する私達は"現実かわいい"を推しているのです。
性的殺意ではよく、強く生きる為に…という、弱い人間が作っているもの丸出しのテーマでモノを作っていますが、いつだって完全武装で生きているのは疲れます。かといって、ゆめかわいいに包まれてリラックス?夢を憎たらしく思わない人達の作ったベッドで、無理矢理ハーブティーを飲まされて、自然に眠れと強制されているようなものであり、地獄です。
睡眠薬、飲んだっていいじゃない。でもでも、フリルだって、ふわふわだって、いいじゃない。
頼むから寝かせてくれ。もう、ねるね。そんなコンセプトでやってます。
"げんじつかわいい"  だから夢なんて、喰っちゃってよ。舌の肥えたユメクイ。



完全に僻みです。毎月お金払って眠らせてもらってるから。でも元気です。元気な感じのシリーズです。全体的にやっぱりボーイズライクな感じです。とにかくお楽しみに。





愛は地球を救わないし自分に課金しろ。





【お知らせ】地下室Timesで連載始まりました。


無責任な事をいっぱい書いていきたいと思ってます。よろしくね。初回は漫画です。
自分の事を棚上げしまくって、売れないバンドマンがなぜ売れないか徹底的に分析…ではなく寄り添いながらなにをしていくべきか、個人活動ってそもそもなんだろうかって考えながら書いていくコラムの連載です。どうかよろしくね!

初回記事はこちら
http://basement-times.com/post-11421/








【YAMAHAと父とスキーの話】
ところでこのスキー板、表参道で見つけたんだけど、かっこよくないですか?
YAMAHAはウィンタースポーツ関連から90年代に撤退してる。長野オリンピックの1997年直前、カラオケブームで電子部品の強化からスキー撤退ってすごいね。スキーは発動機の分野じゃないから楽器の方なのかな?地元企業だから応援してるってのもあるんだけど、発動機もオーディオもデザインがかっこいい。
父がYAMAHA贔屓で、バイクもYAMAHAだったし、スピーカーもYAMAHAだった。勿論ギターもYAMAHA。ヤマハのスキー用品の画像を見ていたら何だか懐かしい気持ちになった。97年で時間が止まってるんだ。長野オリンピックは小学校で授業中テレビで中継を見た。

父はスキー狂で、冬は家族をほったらかしにしてスキーに出かけてしまう。母と結婚した時もそうだったし、今もそうだが子供の頃、その影響かスキーが大嫌いだった。
母がスキーに行く父の後ろ姿を溜息をついて見ている。家族旅行といえばスキーに同伴するようなもので、嫌いだったので家族旅行には行かなかったような気がする。言わばスキーは私にとってトラウマだ。
行けば楽しいのはわかっているけど、父が自分勝手に生きているようで憎らしかった。が、今となってはしっかり私は父に似てしまい…というか元々私の性格は父に似ていて、好きな物は買うしやりたい放題だ。見た目は母に似た。
何の影響なのか23歳頃になって、子供の頃スキーに行く時よく車でかかっていた(当時は赤のレガシー)松任谷由実の「ワゴンに乗ってでかけよう」を凄く聞くようになった。耳にとても残っていたのだ。この曲を聞くきっかけは、サーフ天国スキー天国が挿入されている、サーフ&スノーというアルバムだ。
このアルバムに行き着くには順等な手順を踏んでいる(と、思う)。はっぴいえんどを聞いていればいつかは辿り着くアルバムだ。大滝詠一のロングバケーションにはまり抜いた2012年、永井博の絵の快感に打ちひしがれて、あの頃から作品作りは"気持ち良さ"を求めていっ
たと思う。
私は雪の降らない静岡で生まれて、雪の降る世界は遠い夢の国だと思っていたのかもしれない。東京では雪が降る。上京した2010年の冬、1Kのマンションの前にそれはもう綺麗な雪がこれでもかと降った。小学校が近かったので…いやそれは関係なく、大きな猫の雪だるまを作った。猫の雪だるまは、子供の頃スキー以外で初めて雪に触った時に作ったものだ。父が、少しのドライブのつもりで私と弟を乗せて走らせた車は、結構あっさりと静岡から山梨に着いて(雪が見えたら山梨県の証拠である)、そこで平な、スキー板のない雪遊びを初めてして、とてもよく覚えている。小学生の高学年くらいだろうか。
その後私は中学で荒れて、またその荒れている時期が父ともかぶって、しょっちゅう喧嘩にならない喧嘩をしては自室にこもって恨み節を綴ったものだった。余談だが静岡県民は雪を見ると泥雪でもはしゃぐので注意してほしい。
家族と遠く離れて暮らして、ねこだるまは子供達に壊されず、かわいいと声が聞こえてくるたび嬉しくなって、綺麗に溶けてなくなった頃には私は、あの頃の父を許して、母を許して、父を恨めしく思う自分も許したんだと思う。
トラウマは好転して大好きなものに変わった。そういう事はよくあるらしいけど、私は多分それだ。YAMAHAも、オーディオも、CDも、ギターも、スキーも、絵も、本当は父の影響だ。認めたくなかったんだろうけど、私は小さい頃、本当に父に憧れていたんだ。
今になってそんな気持ちが爆発して、スキーの絵を描いている。そんな気がする。
子供の頃の私とは、その辺の件については和解したようだ。

長くなった…。ちょっとした小話くらいのつもりが…。
毎日更新したいと思っているけど毎日色んな気持ちを掘り起こしてしまう気がする。時間がかかるなあ。でも悪い事では決してないのね。それだけ向き合ってない事柄があるって事なのね。少しずつ自分を紐解いていきたい。文を書くのは好きだ。ただ読ませる気ないでしょこれは…。どうかな?読んでる?未来の自分が読む事が多い。未来の自分、読んでるか。

ー

【ウルトラセブンと人間関係の話】
人と人が暮らしていくには距離が本当に大切で、同居してても顔を合わせなければレオパレスの隣人のように不快だし、その上共同スペースがある訳で、そこまで行くドアを開けた道が外ならば、やっぱり仲良くはなれないよなあと思った限りです。レオパレスが全部繋がってたらきっともう少し配慮できるんだろうね。一軒家だと思えばいいんだけど、なかなか難しい。
そんな中、渡り廊下になってくれたのはウルトラセブンだった。意味もなく見る。突っ込みどころを笑って、とりあえず当時抱えていた問題からお隣さんも、私も距離を置いて、見る。2月頃から自然とこの"セブンを見て心を休ませる"というのをやってたんだけど、あれからウルトラマンにはしっかりお世話になっていて、GWに東急百貨店にセブンとゼロが来るー!みたいな日に仕事で行けなかったのが悔しくて泣いたり、メビウスにはまってみたり、DVD買ってみたり。
音楽でも絵でもない、本当に単純な趣味ってあんまり持ってなくて、部屋は娯楽部屋のように見えて仕事のモノ以外何も置いていない状態だった私にとって久しぶりの娯楽。
今は本当に充実してます。X。ありがとう。


池袋はカオス。ウルフェスに行ってきました。ウルトラマンXの出来が毎週よすぎて逆に心配になる。

2015年8月8日土曜日

8月7日はテストの1週間前のような


毎年誕生日は関門である。

年齢を重ねるプレッシャーに押しつぶされて寝込んだり、逆にその日に何か展示を仕掛けて、去年の年齢の清算と結果発表をしてみる。何もしないという事はできない。8月生まれは夏休みに歳をとる。時間がある時に歳をとる。人知れず。
何か、新学期に変わっている自分であろうか。何か新しい自分になっているだろうか。前の年齢の自分をやりきれたか?新しい年齢に見合う自分であるだろうか?
誰にも祝われずに歳をとる。自分でアピールしてみたら、年齢という細胞ランクアップを祝せと言わんばかりだ。何か変わっていなければいけない。そういったプレッシャーを感じ始めたのはいつ頃からだろうか。多分、12歳だ。真似事の活動を始めたのはもっと早い。年齢のブランド価値に気づいたのもこの頃だが、恐らく、数字の与える印象と、それに応える自分というものに関して敏感だったんだろう。それは、12歳になった後から26歳になった今日まで続いている。ナウで感じている。
誕生日なんてものはなんでもない。1年のスピードも12歳と25歳では全く違う。
そもそも、祝ってくれる理由は、今年も生きていられたーなどという旧式的…というよりはもはや原始的な祝いでもなんでもなく、”あなたが誕生してくれてよかった”というものだ。人間の肯定なのだ。私が私に課す次の年齢へのカウントダウン、そういった考え方は、非常に稚拙なのだ。
だがしかし、四季があり、年末があり、年度末があり、年度始めがあり、学年という概念がある、この身近な世界において、自分を追い立てるものは必要でもある。
毎年、考え方が違ってきた。地元静岡に帰った時にいつも寄る居酒屋。年度始めからその年齢としていると女将に伝えたらこう言われたのだ。
「それは損な考えよ。あなたは誕生日の時、その年齢の中で一番若いのだから。」
盲点だ。目から鱗、みたいなことを認めなかった自分の目から、完全に鱗が落ちた。
そうか。8月6日まで25歳でいていいんだ。そして、8月7日は、26歳で一番若いんだ。
そんな気持ちでいた今日。積極的にアピール。それは私が成長したことではなく、純粋に、27年前の今日、生まれたんだよ。という、単純な、生きている事への肯定を求めてみた。おめでとう。ありがとう。全ての言葉が私が産まれてきた事を肯定してくれて、26歳の自分への期待ではない。そんな気持ちだ。何かせねばという脅迫から逃れた今年の”誕生日”だった。
ぶっちゃけ、自分が自分の年齢に拘る割には、他人の年齢には興味がない。若い子はすごいなーこわいなーと思うけど、誕生日までチェックしてないし、誕生日に何か変わってみせろ、とは思わない。そして誰も私にそういう期待はしていない。自分だけが誕生日と戦っていたのだ。
自己満足や勝手な落ち込み。そんなものはどうでもいいんだ。いいといいつつ私はやっぱり今日という一日に凄く期待していて、何かいい事があるような気がして。でも、今日はただの8月の金曜日であって。何もないんです。私の細胞が今日いきなり劣化した訳じゃない。じっくりと時間は過ぎて行き、そして加速や減速は今日という日にとらわれない。1ヶ月が死ぬ程長い月もある。寝て起きたら過ぎている時もある。
当たり前のことだけど、いつだって時間は平等で、自分との戦いは今日だけでなく、常時だ。
今年の私は、私がここに生きていることを純粋に祝ってくれる人々に、ごはんをねだって、そして私自身は、これから始まる26歳で一番若い時期の、一番の難関に、フレッシュな気持ちで挑んでいきたいなと思っている。今日より昨日が忙しい。そしてそれよりも明日が忙しい。今日、期待をこめて空白にしていた時間が惜しいばかりだ。しかし昼に食べたラーメンはここ最近で一番美味かった。
些細な事で泣いたって、1年がクソになるような気がしてた数年前の私じゃない。これが大人になったって事でもない。
ただただ、今は今を生きる事にわくわくして、苦しんで、しかも26歳児の自分で一番若いのだから、ちょっとだけ今までより、幸せでぞくぞくした8月7日でした。

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12星座のドローイングをやったよ。タイムアタック。このあといつも1日寝込みます。